「サイン盗み疑惑」の真相

習志野がしたとされる「サイン盗み疑惑」に特化したブログです。その真相を明らかにしていきます。< 続章>「サイン盗み疑惑」の真相は、朝日新聞を筆頭とする在日集団による捏造事件でした。甲子園を「良識ある高校野球ファン=日本人」が、将来の子供達の為に、取り戻さなければなりません。

害毒 #高野連 の“陰の権力者” 田名部和裕理事  #門田隆将 

  門田隆将氏‏ が9/5に言及していた

「一人の高野連の“陰の権力者”」が、
U18監督の不可解人選もそうだが、高野連が「7日間500球」の球数制限を打ち出そうとしている事が深刻。

の実名が明かされた。

 

門田隆将‏ @KadotaRyusho · 8h8 hours ago

形だけの有識者会議を経て高野連が予定通り「7日間500球」の球数制限。これで投手を多数抱える私学強豪が絶対有利となり公立高校の夢は消える。全て"高野連のドン"田名部和裕氏の思うがまま。先のU18の監督人事を始め権勢を振るうこの人物によって高校野球は破壊され続ける。必要なのは高野連解体だ。

 

門田隆将‏ @KadotaRyusho · 5h5 hours ago

 高野連は「7日間500球」の球数制限だけでなく「3連投禁止」にするそうだ。つまり「2連投はOK」。「2連投禁止」要するに「連戦禁止」を決めるだけでいいのに逆にこれからも「連戦をやらせる」との宣言。苛酷日程改善こそ急務なのに"ドン"田名部和裕理事の暴走を許す八田高野連会長は情けなくないのか。

 

まさに、

陰の権力者”

 高野連内部に情報源がなければ到底たどり着けない。

(そういった意味で、同様に高野連内部にパイプのある新田日明氏にも「正攻法」で力を発揮してもらいたい。)

 

一体この田名部和裕氏とはどういう人物なのだろうか。

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NHKラジオの「明日へのことば」の番組を、若い人の目に留まるかと思われ投稿を続けていられる方の<明日へのことば>というブログを元に編集しています。

2018年5月14日月曜日

 

田名部和裕(日本高等学校野球連盟理事) 

・【“2020”に託すもの】高校野球と歩んだ半世紀 (1)

 今年の全国高校野球は100回を迎えます。田名部和裕さんは、関西大学卒業後、1968年 日本高等学校野球連盟の事務局に入り事務局長、参事、2010年からは、理事として半世紀に渡って高等学校野球を内側から支えてこられました。1968年は50回大会の年で大阪興國高等学校が優勝、翌年は三沢-松山商業の延長18回決勝再試合があった年です。

紹介の後、お話が続きます。

 大学時代もマネージャーをしてきました。関西大学は、朝日新聞の運動部のお手伝いをしたり、スコアブックを付けたりなどしていました。高野連が人を探していて、どうだと言うことでが話がありました。野球のことが出来ればと思いました。

 戦後、高校野球の再開の話があり、GHQが日本の大改革を進めてゆく中で、新聞社が大会を主催すると言うのは適当ではないということだったが、文部省の助言もあり、連盟と言う組織を作って両方でやったらどうかということで、大会を復活するために高野連を作ることになりました。

 ルールの整備、大会参加資格など徐々に固めて行きました。野球統制令を廃止して独立した組織を作らないと学生野球は発展しないと、当時の人が随分苦労したようです。戦後の1946年 第28回大会、西宮球場で復活、19校(全国でも745校)だった。50回の時には全国で3900を超える数になる。

 2県で1チームでは予選で負けると出られないので、県から出したいと言う思いが強くて、増やしてゆくという事もありました。宿舎(大部屋)、練習場の確保の問題などがありました。ビジネスホテルのドアを開けて解放的にするとかアドバイスしたりしていました。洗濯機の調達とか、宿舎側の協力などがありました。出場校が49校になり、練習場の確保をなんとか70か所ぐらい行いましたが、結構大変でした。

 当時、高野連会長は佐伯達夫さん、高校野球は教育、人間形成の場であるということで高校野球を引っ張って行く。不祥事に対しては厳しかった。常にかばんの中に、葉書が入っていて、筆まめな人でした。情報を沢山の人から収集するのが得意でした。佐伯さんは、野球はお金がかかるので質素にということをやかましく言っていました。

 1973年に、ハワイのチームがアルミのバットを持っていって使っていいかどうかの話があり、佐伯さんはそれを見て翌年には直ぐに決めました。最初は周りからの反対意見がありましたが、進めて行きました。金属バットで一番お世話になったのは、芝浦工大の学長をされた大本修先生、金属バットは宇宙開発事業の一つの成果である軽い金属、先生は終生出来るだけ木製に近づけるようにという話はありました。

 もう一人お世話になった人として加藤まさお?先生、東京大学校工学部、金属の材料工学 戦前ゼロ戦の制作にもかかわった人。1990年に亡くなったが、弔辞のなかで戦前は戦争にかかわったが、晩年は平和の仕事、高校野球の金属バットのお手伝いが出来て本当に良かったという内容を聞いて感動しました。

 1995年阪神淡路大震災、牧野会長の安否、甲子園球場はどうなんだろうと思いました。一段落した後にバイクで出かけましたが、ゆく所の景色では野球はしばらく無理だと思いました。甲子園はシーンとして大丈夫でした。

 高校野球で復興の邪魔になるのではという思いもあり、意見が別れました。えんどうやすお?さん(朝日新聞運動部長)から、IOC委員長の栗本?さんは生涯で一番つらかったのはモスクワオリンピックに行けないこと選手に伝えたことだったという話をしてくれて、努力しないでやらないということでは駄目だと言うことで、踏ん切りがつきました。

 2月15日に知事さんに相談に行きましたが、「被災地にも桜が咲く頃、明るい話題がいるでしょう、おやんなさい」と言われました。電車もなく交通対策が大変でした。佐伯さんの不祥事に対する厳しさが、交通対策に関する交渉でも信頼してもらい、了解してもらいその時涙が出ました。

 その時は高野連は牧野さんでした。牧野さんは21年間高野連を務めました。ストライクを先に言うのは日本だけで、牧野さんに言ったら替えたら方がいいんではないかと言われて、東京に行って話を進めようとしたが反対された。
物事が定まるには3つの法則がある、と言われた。
①なんか最初にやろうとすると馬鹿にされる。
②更に進めると猛烈に反対される。
③ある日、自明の理と突然認められる。
最初リズムが違うという感覚があったが、今ではそうしないと不自然な感じさえします。

 

 <コメント>

関西大学卒業後、1968年 日本高等学校野球連盟の事務局に入り

> 関西大学は、朝日新聞の運動部のお手伝いをしたり

 高野連、特に、「誤審」を連発した審判部に、関西大学閥が形成されている理由が明確になった。

 

GHQ

>文部省の助言もあり、連盟と言う組織を作って両方でやったらどうか

*朝日新聞が高校野球に介入することをなんと認めていることになる

 

熟考の上、

 高野連解体=戦後レジームの脱却

と結論付け、現段階では実現性が薄い、と判断して公開を控えている記事があります(既述済)。

本気で高野連を解体するには、本気の「政治」活動が必須となります。

今の自民党では不可能と判断しています。

 

www.nikkansports.com

 2019年5月21日10時29分 

 

サイン盗みを考える10>


日本高校野球連盟(日本高野連)の田名部和裕理事(73)は1993年(平5)~05年の事務局長時代、サイン盗み禁止に至る過程をつぶさに見てきた。転換点になったのは96年だと明かす。「奇跡のバックホーム」で松山商(愛媛)が優勝した夏の甲子園後、日本代表が米国に遠征した(世界4地域親善高校野球)。

米国戦の5回、巨体の三塁塁審がすごい形相で三塁側の日本ベンチにやってきた。「二塁走者が打者にサインを伝えている。すぐやめさせなさい」。7回にも「一塁コーチが捕手を見て打者に何か叫んでいる」と注意してきたという。

「恥ずかしかった。正直、当時の日本では常識すぎて、アンフェアという認識がなかった」。帰国後すぐ、審判規則委員会で「相手が嫌がることは禁止にしよう」と一致した。2年後の98年12月、日本高野連は指導事項を全加盟校に通知。甲子園では翌99年の春から規則に載せた。

だが発令後も違反は絶えない。サイン盗みはもちろん、客席にOBを配置したサイン伝達、メモ書きをベンチに運ぶ行為まで日本高野連は把握した。今春センバツでも騒動の裏でマナー違反が続発。タッチアップを図る三塁走者の視界に三塁手が立ち、捕球の瞬間を見えないようにする。肘を出して死球を受けにいく行為などが報告されていた。

マナー違反の定義はあいまいだ。サイン盗みも「伝達」の行為が禁止。技術の範囲内にあるものを完全排除はしていない。田名部理事は「相手の動きを観察して作戦を考えるのは許容範囲。けん制のクセを見つけたり、自分で考えて動くのはいい」と解説した。

ただサイン伝達は公式の反則。日本高野連の対策はどうなっているのか。窪田哲之・審判規則委員長(62)は「繰り返し呼びかけるしかない」と極論した。審判に監視役を任せるのは、当連載でアジア野球連盟審判長の小山克仁氏(57)が指摘したように難しい。

記者は先日、窪田委員長に「行けば分かります」と甲子園の黒土に踏み入らせてもらった。二塁に走者がいる際、二塁塁審が位置取るマウンドのななめ後方。塁審は走者に背を向け、投手を見る。走者の動きを見ることはできなかった。

違反を監視する第5審判の配置や、ビデオ検証の採用にも否定的だ。全国統一採用が難しいこともある。だが、何より大きな理由は「そこまでしなくてはならないのか」という、野球の理念に関わる部分だ。

日本高野連の竹中雅彦事務局長(64)は「相手をリスペクトすることがフェアプレーにつながる。それができないというのは野球をする以前の問題。罰則がないから、うんぬんではない。守るのが当然のことなんです」と口調を強める。

戦後すぐに連盟旗に記された「F」にはフェデレーション(連盟)のほかフェアプレー、ファイト、フレンドシップの意味を込めている。今回話を聞いた八田英二会長(70)の思いはシンプルだった。

「私たちが掲げる3つの『F』。それを前提にした人間教育。指導者の方々には高校野球の理想を求めてもらい、原点を見つめて考えてほしい。約16万人の球児には高校野球を通して何かを得てほしいと願っている。甲子園を目指し必死に戦っていく中で、その過程を大事にしてもらいたいのです。我々は球児の純心さを信じています」柏原誠

◆田名部和裕(たなべ・かずひろ)1946年(昭21)2月27日、神戸市生まれ。関大野球部出身卒業後の68年に高野連事務局入り93年に第6代事務局長に就任。05年まで同職で4人の会長の下、阪神・淡路大震災後の大会運営、特待生問題などに尽力した。参事を経て10年から理事

 *兵庫県出身である

 

<コメント>

朝日新聞が、星稜を擁護し、習志野を誹謗中傷する上で、理論武装したつもりの「サイン盗みを考える」に、

香ばしい名前が続々と出てくる。

*その野球を破壊するお粗末な理屈に、ヤフコメでは批判が殺到した。「野球害毒論」の信仰がベースになっている。

 

① 星稜・林の「その場しのぎの嘘」「自分のしていること(サイン盗み)は相手もしているはず」という「K」のDNA丸出しの虚構を後押しした、高野連の元締めが、田名部和裕氏だったことが浮かび上がる。

 

② 窪田哲之・審判規則委員長は、田名部和裕氏の関大野球部の後輩である。

 

③ 在日集団(マスコミ)と一体化した“広報担当“竹中雅彦も、事務局長における後輩である。

 

④ 門田氏の言葉を借りれば、八田英二会長「お飾り」と言うことになる。

 

www.asahi-u.ac.jp

2018年12月07日

<抜粋>

まずはじめに、日本高等学校野球連盟 元事務局長である田名部和裕理事から「高校野球100年の軌跡」と題して講演され、教育における野球の起源、選抜高等学校野球大会の21世紀枠誕生の趣旨や意図をはじめ、日本高等学校野球連盟における取り組みの紹介と解説がなされた。 
 続いて、星稜高校(石川県)野球部名誉監督の山下智茂監督が「野球から学ぶ人生」と題して講演され、自身の指導経験を元に野球を通じた人間形成の大切さとターニングポイントとなった試合を振り返りながら監督人生について熱く語られた。

 

 <コメント>

何故、高野連があからさまに、「星稜擁護・習志野糾弾」に傾いていた(る)のか。。。

こういう動きに現れているのではないか。

 

2018年12月07日

 時期にも注目して欲しい。

 

 門田隆将氏の取材力と発信力により、

高野連の実態が浮き彫りになってきました。

良識ある高校野球ファンの力を結集することが大切と考えます。

「一定に数の世論」

 

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